真 夢人 日記

心理学、哲学、脳科学、宗教に関心があり、それらについて自分なりにまとめたものをこのブクロで発信していきます。

Web2.0的百科の森

[記事書きをあきらめた]
◎今日は、ある記事を書きたかったが、自分自身では知識を持ち合わせていないので、あきらめてしまった経緯などを書きたい。
[裏付ける資料が欲しかった]
◎それは農業政策について書きたかった。日本の農業は、近代化がとても遅れていると感じている。農協が、その近代化を阻む存在となっているではないかと漠然と感じていたが、それを裏付ける資料が欲しかった。
参考)全中の「指導権」廃止提言 規制改革会議、「上納金」制度も:朝日新聞デジタル
[検索して探すことに躊躇]
◎それについて調べようと思ったが、まず、どんな語で検索して探すのかもわからず、凄く躊躇があって結局はやめてしまった。
[本気度が足らない]
◎それは、おまえに本気度が足らないからだと、指摘されるかもしれない。事実そうである。なせばなるである。
[どこに探し求めればいいのか]
◎そうなんだが、あえて言い訳をいわせてもらえれば、どこにそれらを探し求めればいいのかが皆目分からなかったからだ。これもおまえの努力が足りないからだといわれれば、うなずく以外にない。
[生の資料に巡り会いたい]
◎ということで、”Wikpedia”で調べてはどうだといわれるかもしれない。反論をいわせてもらえれば、私は、出来るだけ生の資料に巡り会いたかった。素直じゃないな。
[Wikipedia”から恩恵]
◎私は、ブログ記事を書くときに、しょっちゅう“Wikipedia”のお世話になっている。そこから、引用することも多い。感謝、感謝。
[最適な資料]
◎“Wikipedia”は、要領よくまとまって、ある言葉・出来事・事件などについて全般的な知識を得るには、最適な資料だ。それについて、全般的な一覧するにはとても有り難い情報源である。
[生の活き活きした体験談や話がほしい]
◎だが、ブログ記事を書くに当たっては、生の活き活きした体験談や話がほしい。そこから、自分なりのものをつかみ取って、ブログに書き込みたい。
[一次的な直接的な生の語りがない]
◎しかし、“Wikpedia”には、体験者や、現場で見聞きしたような、一次的な直接的な生の語りがない。
[百科の森が欲しい]
◎それで、希望なのだが、日本でも、“Wikipedia”のような百科の森が欲しい。とはいえ、単なる百科事典的なものは、もう“Wikipedia”で十分だろう。同じ物は二つ要らない。
追記)もしかすれば、私が求めていたものは、これかもしれない。参考資料→「みんなの知恵蔵」
「みんなの知恵蔵」収録用語総数が約10万語に、マイペディアなどの追加」(NEWS/20081016)
[そのままの形で収まっている]
◎そうではなく、ブログからの引用、記事へのリンクなど、おでんの鍋のように、さまざまな具が、そのままの形で、鍋の中に収まっている。そんな百科事典がほしい。
[体験談]
◎例えば、農協についての項目であれば、今までの大きな出来事を、新聞記事から引用したり、その記事とリンクさせたり、農協職員からのこんな活動をしていますとの報告ブログや、農家の人からの、農協でこんな目に遭いましたとかの告発的な体験談。
[加工された記事ではない]
◎さらには、今回の肝炎薬害被害者の記者会見の模様の動画など、生の声、生の姿を知りたい。それに立ち会った記者の目や耳を通過した、加工された記事ではなく。
[整然と整頓された知識情報]
◎再度いえば、ある言葉・出来事・事件などについて、過不足無く、きれいにまとまって、整然と整頓された知識や情報が網羅されている、“Wikipedia”に対して。
[百科おでんが欲しい]
◎さまざまな具がそのままの形で放り込まれた、おでん鍋のような、あるいは、さまざまな具材が、無造作に投げ込まれたごった煮のような、生の活き活きした体験談や話であふれる百科おでんが欲しい。
[コメント、感想、要約を添付]
◎そして、ブログ記事や、体験談などには、一覧しやすいように、見た人、読んだ人が、コメント、感想、要約を添付してゆく。
[好みの具材を放り込む百科おでん]
◎お上品な“Wikipedia”に対して、庶民的な、本当にみんなで好みの具材を放り込む百科おでんを、Web2.0的に作り上げるのはどうだろうか。