真 夢人 日記

心理学、哲学、脳科学、宗教に関心があり、それらについて自分なりにまとめたものをこのブクロで発信していきます。

何故盗用・盗作が起こるのか

[新潟日報社社説を引き写し]
◎最近(?)頻発している、盗用・盗作について考えてみたので、それを話題に取り上げたい。まず、新潟日報社は、2006年11月の朝刊に掲載した社説について、"社として朝日社説を引き写したと判断した"、と話した。
[盗用とされても仕方ない]
◎同社論説委員は、"他紙の社説や記事などの論調を頭に入れたうえで、他の内容に引きずられないようにしていたが、盗用とされても仕方がない"、と説明。
[社説の一部を盗用]
◎次は、山梨日日新聞社の前論説委員長が執筆した社説で、神戸新聞西日本新聞の社説の一部を盗用していた。
[引き写しても許される]
◎同社前論説委員長は、15本の社説について盗用を認め、社内調査委員会の聴取に対し、"不得意なテーマもあり、きつくなった。ほかの新聞社は、同志のような意識になり、引き写しても許されるような考えになってしまった"、と話した。
[記事を見ながら修正]
◎さらにもう一つ。記事を盗用したのは、"かんもち"作りの取材・写真撮影を行い、記事を執筆した、朝日新聞社の46歳の記者(カメラマン)。事情聴取に対し、"一度記事を書き上げたが、自分の記事よりも読売新聞の記事に優れている部分があると思い、読売新聞の記事を見ながら修正した。何故盗用したのかは自分でも分からない"という。
[内部告発の一般化]
◎近頃、"あるある"のようなねつ造の発覚、"原発"データ改ざんの発覚、記事の盗用発覚などなどの"発覚"が相次いでいる。この原因は、三つあるように思う。まずは、"内部告発の一般化"である。
[読み手が同時に書き手]
◎次には、読み手(情報入手者)が単なる受け身の読み手にはとどまらない。"読み手が同時に書き手に"も回る。これは内部告発の一般化とも軌を一にすると思う。受信者が同時に発信者でもあるということだ。
[内は外部に漏れる]
◎だから、組織内のことは、外部に漏れるということを前提に対処すべきであろう。不二家の事件でも、内部告発の多発(多発信)がここまで重大事件に発展したのだと考えられる。最初は小さな火種であったはずだ。社の上層部の態度がその小さな火種に油を注いだ。
[不正を見る眼が至る所に]
◎これからは、不正を見る眼が至る所に光っており、それがいったん明るみに出れば、眼がねずみ算式に増殖してしまう時代なのだと知らねばならない。ブログやSNSは不正事実を、あたかもガン細胞がするように、至る所に転移して広げて時には死に至らしめる。初期消火の大切さを思い知るべきであろう。
[境界線の喪失]
◎三つめが"融合"。善と悪の融合。プロとアマの融合。受信者と発信者の融合。融合というよりも、"境界線の喪失"。白黒がはっきりした時代と違って、白から黒へと無段階にグラデーション化してしまっている。ここまでは白で、そこからは黒だと区別がつかない。
[事実を伝える]
◎報道の分野に話を戻す。ものを書くには二つの部分が必要だと思う。ひとつは"事実"を伝える。この"事実を伝える"部分は比較的簡単(?!)だろうと思う。一次(親)情報であれ、二次(子、親からの引用、直接引用)情報であれ、三次(孫、子からの引用、間接引用)情報であれ。
[自分はどう考える]
◎もう一つが、事実に対して自分はどう考えるという"意見表明"、あるいは、事実の"背後関係"、事実の"本質"、事実に至るまでの"経過"を伝える。
[考える時間が必要]
◎この、"意見表明、背後関係、本質、経過"を伝える部分は、今までに貯め込んだ部分がなければ書けない。そのためには、自分の中や他人の中を調べる時間も必要だ。また、ゆっくり考える時間が絶対に必要である。
[発想の泉は枯渇]
◎そうでなければ、発想の泉は枯渇する。泉は、天から降ってくる雨が地下に染み込んでゆっくり浄化されながら地上に再度湧き上がってくる。いったん地下に染み込むとは、"あれやこれやとねったり、事実の周りをゆっくり眺め回したり、他との関連を探し集めたりの、料理前の食材の下準備作業である。
[同情を申し上げる]
◎そのような時間をゆっくりと取れない、多忙な仕事に追いまくられておられるであろう、記者の方々には、同情を申し上げる。私もブログを書く立場なので、記事を書く苦しさはいくぶんなりとも理解は出来る。ましてやプロである。その重圧はものすごいものがあるだろうとお察しする。
[盗作・盗用は悪]
◎とはいえ、あくまで盗作・盗用は悪である、特にプロであれば、理由がどうであれ。理由次第で許されるというものではない。
[有機的に情報を深める]
◎ここに"あるブログ"からの引用を示す。


だが、そこから一歩踏み出して、独自の視点でまとめ直すとか、もう少し深く調べ直すとか、そういうことがあるなら、たとえ入り口は他者の情報であろうと問題はないし、むしろ、そのように有機的に情報を深めていけるのがブログというツールのいいところではないのか。
[如何に自分化するか]
◎自分で取材したのでない限り、他人の記事を読んで、それを借用する。それを如何に自分化するかである。自分化するには、それを理解して、血肉化する。生のまま吐き出すのはいけない。
[熟成を待つ]
◎つまり、自分の言葉に置き換える。そのためには、語彙を豊かに所有して使いこなす。それは他人の文章をいじくり回して自分化出来るまでこねる。時間をかけ、時間を置く。熟成を待つ。私は他人の記事や、報道記事を使う場合、そのまま引用するか、自分の言葉に置き換えて、自分の言葉で表現する。
[正直に引き写しと告白]
◎しかし、自分の得意分野でなくしかも取り上げたいならば、私は正直に引き写し的だと告白する。しかし、プロならば、それは許されないことだが。