真 夢人 日記

心理学、哲学、脳科学、宗教に関心があり、それらについて自分なりにまとめたものをこのブクロで発信していきます。

沖縄(座間味島や渡嘉敷島)で行われた集団自決の命令の有無について

[注目の裁判]
◎今注目の裁判(集団自決の命令の有無について)が起こされている。その裁判は、教科書検定問題とも重なり合う。こちらの方も、沖縄県民の感情を強く逆撫でして、大きなうねりともなりつつある。
[論点をすり替えた]
◎所で、裁判では、原告による命令の有無が争われているのに、作家の大江健三郎さんは軍全体の命令として論点をすり替えた、と原告側はいう。
[日本の軍隊が行った]
◎具体的には、大江さんは、「自決命令はあったと考えているが、個人の資質、選択の結果ではなく、それよりずっと大きい、日本の軍隊が行ったものだ」と述べた。
[タテの構造の強制力]
◎あるいはまた、氏は、集団自決について、日本軍から島の守備隊、島民につながる「タテの構造」の強制力でもたらされた、とも述べている。
[命令の有無は関係ない]
◎さらには、証言に先立ち陳述書の中で、「集団自決は戦争下の国、日本軍、現地の軍までを貫くタテの構造の力で島民に強制された。命令書があるかないかというレベルのものではない」との考えも示した。
[命令を発したと言っていない]
◎これらの文から分かるように、大江さんは、個人が、実際に命令を発したとは言っていない。だから、個人からの命令の有無が争われている点に関しては原告側の言う通りだ。
[命令する一兵もいない]
◎守備隊長の命令の有無について、当の守備隊長だった、原告側の梅沢裕さんは、「集団自決を命令するような人間は日本の軍隊の中には一兵もいない」という。そうかもしれない。バラバラの個人と、集団化した、群衆化した個人の集まりとでは、性格がころっと変わることも多い、のも事実だ。
[論点をすり替える]
◎私にとって気になるのは、集団自決を個人が命令していないという証言を根拠に、逆に、原告側が、論点をすり替えるのではないかという心配だ。
[教科書の記述の書き直し]
◎例えば、現に、この裁判が起こされたということが根拠となって、集団自決の命令がなかったかのように取り扱われ始めたことだ。具体的には、教科書の記述の書き直しが命じられた。
[組織としての命令]
◎ということで、やはり、大江氏が指摘するように、組織としての軍隊(軍全体)と、その組織内の軍人個人とを分けて考える必要がある。個人の命令が否定されたとしても、組織としての命令までも否定されたわけではないことを確認したい。
[玉砕すべきと洗脳]
◎軍隊は、戦陣訓として、「生きて虜囚の辱めを受けず」。あるいは、「鬼畜である米英に捕まると女は強姦、男は八つ裂きにされるので玉砕すべきだ」という洗脳を、戦争中には盛んに行った。
[自動スイッチが脳内に埋め込まれた]
◎つまり、洗脳によって、自動スイッチが国民の脳内に埋め込まれたといえる。言い換えると、繰り返しの洗脳によって、法則(こういう場合には、こうするという法則)が頭にたたき込まれたということである。
[法則の自動的実行]
◎いったん法則化されれば、特定の誰かがいちいち指示を出さなくても、状況が合致すれば、自動的に実行に移される。それが自動スイッチである、"ピタゴラ装置"(ピタゴラスイッチ(youtube版))のように。
[沖縄でその法則が実行された]
◎だから、組織としての軍隊は、国民に集団自決を、法則(虜囚の辱めを受けず玉砕すべきだ)として植え付けた。そして、沖縄で、その法則が実行に移された。この法則の作成者の責任が問われなければならない、個々の事例の命令者がいなくとも。大江氏はそういう。
[国民を解き放った玉音放送]
◎この自動スイッチから国民を解き放ったのは、玉音放送である。この放送によって、国民は洗脳から解放された。日本国民は、あたかもそのような洗脳がなかったかのように、新しい思想に飛びついた。
[新しい思想も洗脳]
◎これ(新しい思想)も洗脳と捉えているのかもしれない、一部の知識人は。盛んに、これらの思想からの脱却を目指しているようだから。