真 夢人 日記

心理学、哲学、脳科学、宗教に関心があり、それらについて自分なりにまとめたものをこのブクロで発信していきます。

花嫁の父に贈る子育て卒業式の歌が欲しい

◎昨日、妻が私のところに、新聞の切り抜きを持ってきた。部屋を片付けしているとき見つけたのだという。そして、こんな場所へ行ってみたいと言い出した。
◎その切り抜きには、京都の東福寺の艶やかな紅葉が映った写真が載っている。そして、その見出しが、「枯山水 赤い生命」であった。
◎「枯山水」という文字を見た途端、私の頭の中に歌が流れ始めた。でもイマイチはっきりしない。たしか「枯れ葉散る」であったと思う。
◎あるいは、「枯れ葉舞う」だろうか。それで、Youtubeで、検索してみた。私は音楽を聞くために、時々、Youtubeへ行く。私にとって、Youtubeは音楽倉庫である。
◎「枯れ葉散る」と打ち込んだ検索表示結果に表示された項目から、それは、「五輪真弓」の「恋人よ」であることがわかった。私は、懐かしさから、5〜6回ほど聞いてみた。
Youtubeでは、個人が、その歌にあった映像画像を歌に合わせて創作した動画を沢山アップしてくれる。歌と個性的な映像とを同時に楽しめる。
注)その一例として、最後尾にYoutubeの動画を掲げておく。
◎それを聞きながら、「哀切」という言葉が浮かぶ。だけれども、その歌で涙は流れなかった。「ああ、私は娘から卒業が出来ている」と安堵した。
◎「哀切」。私自身そんな言葉を使ったことはなかったが、調べてみると、「非常に哀れでもの悲しい」という意味だとあった。
◎この歌は私の心に染み込んで来る。あたかも、空きっ腹に熱燗を胃の中に流し込んだ時に胃の壁がじわじわと熱く感じる。そのように、その歌が私の心に沁み込んでくる。
美空ひばり徳永英明も歌っていたが、「哀切感」は五輪の歌に一番感じた。美空ひばりの歌は技巧に走り過ぎて、心ではなく、ついつい頭で聞いてしまう。
◎失恋の歌であるのに、なぜこの歌に心惹かれたのだろうか。しばらく考えると、その理由がわかった。この「恋人」を「我が娘」と置き換えれば、納得できた。娘との別離である。
◎私は以前(2007/05/20)に、「花嫁の父症候群」という記事を書いた。これは母親に発症する「空の巣症候群」の父親版である。
◎その後(2009/11/29)には、「空の巣症候群、空白の恐怖が去った後に」という記事も書いた。私の妻も発症したのだろうか。私は妻の気持ちにとんと疎い。
◎「花嫁の父症候群」の父親と、「空の巣症候群」の母親が、同じ淋しさをかこっている熟年夫婦として、再度絆を強めることから、「手つなぎ」するのだと思えた。
◎それで、「熟年夫婦の手つなぎについて思ったこと」という記事も書いた。私もその気持は実体験者として納得出来る。
◎キタキツネは子育てが終わると、子狐に噛み付いて追い出し、次の子育ての準備をする。人間の親は子育てが終わっても、まだまだ元気な人生を30年あまりも送らねばならない。
◎それで、誰か、「花嫁の父、花嫁の母」に贈る歌を作ってくれませんか。心にはっきりとした区切りをつけるためにも、くちずさめる歌が欲しい。
◎例えば、一番が花嫁の父に、二番が花嫁の母に捧げる歌となっているならば、結婚式場でも流せそうに思える。娘からそんな言葉があれば嬉しい。
参考資料⇒「親へ贈る歌」from"教えて!goo"
◎歌の題は、「子育て卒業式」なんてどうだろうか。子供たちも学校を卒業して、社会に職場に飛び立っていくが、親も子育てを卒業して、第二の人生に飛び立つべきである。
◎私は、一時期、強い「花嫁の父症候群」に陥ったが、それらを文章にしたり、娘にその心境を直接ぶつけたりして、もう晴れて卒業できたと確信している。特にあの歌を聞いて。
◎人生の前半は、さまざまなものを獲得していく時代である。それに反して、人生の後半は、前半で獲得したものを次から次へと失って行く時代である。
◎しかし、これも考え方次第である。「失う」と「ネガティブ」に思考するか、「解放される」と「ポジティブ」に捉えるか。私はまだまだ子育てからの「解放」という意識には到達できそうにない。
◎子どもが私たちから離れていくと悲観するか、子育てから解放されたと楽観的に見るか。私は以前(2007/08/04)に「犯罪被害者と遺族感情」という記事を書いた。そこから引用。

無念、残念の気持ちはいつまでも心の中に残り続ける。これは単に、犯罪という大きな出来事、事件だけにと止まらない。フロイトがそう言っている。固着である。
私たちはさまざまなことに対して、けりをつける、終止符を打つ、ことを求める。心残りは心への大きな負担である。
新しい一ページを開くには、前のページは閉じなければならない。
◎なくしたものを嘆いてばかりでは前に進めない。無念、残念の気持ちは、整理しなければならない、片付けなければならない。それはその感情を吐き出すに限る。
◎こらえる、抑えるでは、何時までも、その感情が居座り続ける。さまざまな「式」は、一歩前へ進めるための背中押し作業である。
◎「花嫁の父症候群」、「空の巣症候群」に陥っている両親に対して、ゆっくりじっくり、その感情と向き合う時間と機会を作るためにも、「子育て卒業式」がほしい。
参考資料⇒「子育て卒業証書」
去りゆく人への心を綴った歌


人を恋うる歌