真 夢人 日記

心理学、哲学、脳科学、宗教に関心があり、それらについて自分なりにまとめたものをこのブクロで発信していきます。

ネット環境の中で、情報が淘汰されてゆく

前々回(2015/02/11)、このブログで、「ある分野が突出して成長し、他の分野が放って置かれる」、という記事を書いた。
その中で、「梅田望夫氏の、「ウェブ進化論」(2006年出版)を読み返している」と述べた。
今日も、梅田望夫氏の、「ウェブ進化論」を読み進める中で、「情報(自身)の淘汰」という表現に出会った。ということで、それについて書き進めたい。
「淘汰」と言えば、進化論、特に、ダーウィンの進化論を思い出す。この本の文脈では、情報が淘汰されると述べている。
進化論では、環境が、そこに棲む生物を淘汰する、進化させる、という。別の面から言えば、環境に適応できた生物のみが、生き残る、という。
この本の文脈で、「環境」とは、情報が生み出される、集団、組織、企業などを指す。そして、淘汰の対象は生物ではなく、情報である。
注)「環境は、広義においては人、生物を取り巻く家庭・社会・自然などの外的な事の総体であり、狭義においてはその中で人や生物に何らかの影響を与えるものだけ」「環境とは、あるものを主体にとった場合における、それを取り巻き、直接間接に関係を持つものすべてを指すものである。したがって、主体をどう取るかによってその内容が変化する」from"環境 - Wikipedia"
では、情報が淘汰されるとはどういう意味であろうか。具体的にどうされることであろうか。
どの環境(集団、組織、企業など)であっても、固有の目標を持って、それを基準に活動が行われている。
環境(集団、組織、企業など)の中で、日々排出されるさまざまな情報の中で、環境(の目的)に適合した情報がすくい上げられ、大多数の他の情報は、時間の中に沈み込んでゆく。
ただ、情報は、自律し拡大する内発性、自発性を持つ生物と違って、環境に大きく強く依存するので、環境側が、情報をすくい上げるうまい仕組みを持たないと、全ては闇に沈み込む可能性が高い。
例えば、入力言語、具体的には、グーグルの日本語入力システムでは、個人(環境)が頻繁に使う語彙(生物)は、上位に位置し、使われない語彙は、下位に沈み込んでゆく。
それによって、そのシステムはどんどん使いやすくなって(淘汰して)ゆく。このような仕組みを環境内に組み込む必要がある。
社会や組織内で、単に情報の共有を可能にする仕組みだけを構築しても、それを積極的に使う動機付けがないと、次第に廃れてゆく。
環境(集団、組織、企業など)内で、適合した情報とは、例えば、問題点の指摘、素晴らしいアイデア、有益な提案などであろう。
環境内の多くの人々の目に止まった、注目された情報、つまり、適者生存した情報のみが沈み込まないで浮上したまま生き延びる。
生き延びて適者生存した情報の中から、さらに会議などで最適情報が選び出されて、単なる情報から、格上げされる。例えば、集団全体の課題やプロジェクトなどとして格上げされる。
これが、梅田望夫氏のいう、「情報の淘汰」ではないだろうか。
これは、民主主義的方法でもある。政治の世界では、間接的民主主義として盛んに用いられている。情報を立候補者と読み替え、環境を有権者と読み替えれば、投票行為である。
これは、また、ネット内ではごく普通に行われている。例えば、レコメンド、評価、コメント、いいね、などの投稿(投票)などもこのことが当てはまる。
ネット内の、商品、製品、ブログ記事、サービス、投稿された料理、などなどに、付けられる、投稿される、レコメンド、評価、コメントが、ネット内のざまざまなものを淘汰してゆく、消去させ、選出させてゆく。
そのように考えると、大まかには、ネット内の世界は、徐々に、ゆっくりとではあるが、良い方向に進んでゆくのではないかと、期待が持てる。
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