真 夢人 日記

心理学、哲学、脳科学、宗教に関心があり、それらについて自分なりにまとめたものをこのブクロで発信していきます。

子犬は目を覚ましたけれども...

前々回("「茶色い子犬が私の手のひらで眠っている」夢を見て感じたこと思った")、と、前回"私にとっての終活とは..."、の続き的な夢を見たので、それらを踏まえて、その続き的な話を続けたい。
まず、夢は2つ見た。一つ目は、1)「私は、おやじと一緒に並んで寝ている」夢だった。
2つ目は、2)「台所の電球が切れていたので、おやじに替わりはあるかと聞いたら、電球を差し出したが、それは、ソケットに合わなかった。それで、私は、外に買いに出かけようとしたら、おやじが玄関で待っていた。しかし、その出で立ちが、下着とステテコの姿だった。私達は、商店街に行くと、閉店間際で、店では、売れ残りの品を通路に並べ始めたので、歩きづらかった。端まで行ったが、電気屋がなかったので、二階に上る階段へ行くと、人で渋滞して全く動かなかった」。
「おやじと一緒に並んで寝ている」ことで、私は、前々回に述べた、寝ていた子犬を思い出した。寝ていたのは、私であった子犬だけでなく、おやじもそうだったんだ。
私は、子犬が私だと気がついたので、今回は、犬(母親のおっぱいを求める動物的な基本欲求)ではなく、私自身が登場している。
私のおやじは、福井県の漁民の子供であったが、父親が海でなくなり(昔はかなりありふれた出来事だったらしい)、母親が、親父を連れて再婚した。
しかし、その家では、おやじに家を継がせる気は全くなかった。母親がその家で、男の子を産んだので、おやじは、虐待に近い扱いを受け、小学校低学年から、魚の行商に行かされた。
つまり、おやじも、親の愛をほとんど受けることなく、また、家庭の団欒も経験してこなかった。おやじは、中学生の年齢で、その家での行く末の暗さに、家出同然で、京都に行った。
ということで、おやじこそ、全くの一匹狼的な生き方をせざるを得なかったのだ。私は、そのおやじの生き様を受け継いだのだろう。
私以上におやじは、心のなかの子犬を完全に眠らせていたのだ。それが、一つ目の夢の意味であった。
次の夢に移る。台所は、知識や経験(行動)の源、エネルギーを作り出す場所である。電球は、その場所を照らすもので、電球が切れていたとは、知識や経験(行動)を手に入れる手段が不明だということではないだろうか。
注)英語では、"enlighten"="en"+"light"=啓発する、教化する。
おやじが持っていた電球(参照するという言葉を思い浮かべる)は、それにはふさわしくはなかったので、外に求めねばならない。
しかし、おやじは、外に求めるのにふさわしい準備ができていなかった。残念ながら、おやじは、子犬をしっかり目覚めさせることができないままに他界してしまった。
注)おやじは、最晩年、死んだ宗教にすがることから、生きた宗教へと改宗した。そして、そのことによって、幾分かの安らぎを得ている。
さらには、電球は、一階には売っていなくて、二階へ求めようとするが、多くの困難が待ち受けているといえる。
私には、あるいは、親父のことだったのかもしれないが、母親へ甘える(依存する)という方法や経験は、夢から判断すれば、そう簡単には進みそうにないと予想される。
夢は、無意識から意識へと送り出される、メッセージである。無意識は、人が生まれてから現在までの、知識と経験で構成されている。
66歳になる私の無意識は、66年間の毎日の知識と経験が詰め込まれている。私の意識部分は、そんな膨大な知識と経験を意識的に参照(照らし出すことが)できるはずもない。
ところが、無意識は、課題などを持つと、過去のすべてを総合判断した上で、回答を見出すと、意識に送り出す。それを、私達は、インスピレーションとか発想とか呼んでいる。
だから、意識が生み出す課題への回答に比べると、格段に素晴らしいものである可能性が高い。
しかし、無意識内の、知識と経験は、理路整然と分類整理されているわけではない。それを促す行為が、瞑想であり、座禅である。
注)睡眠は、その新しく獲得された知識と経験を、過去の知識と経験と融合、統合する作業時間である。それを、瞑想は、起きている間にもしようという試みである。しかし、当日体験した内容が強烈すぎると、統合しきれずに、乖離したままに(時としてトラウマとして)残されるが。
そして、それを言葉化するのが、哲学することである。哲学するとは、瞑想しながら、知識と経験を、理路整然と分類整理しつつ、体系化して言語化する行為である。
禅宗が、同じことを目指す。その内で、臨済宗は、哲学することに近い。曹洞宗は、言葉(左脳)ではなく、インスピレーションとか発想(右脳)の能力を高める。