真 夢人 日記

心理学、哲学、脳科学、宗教に関心があり、それらについて自分なりにまとめたものをこのブクロで発信していきます。

相互作用のない一方通行はシステムにとって命取り

[時間幅を軸とする情報処理系]
◎時間幅を軸とする情報処理系という点で、「Twitter」、「ブログ」、「新聞/テレビ」、「雑誌」、「本」という順番で並べられるだろう。もちろん、ごく大まかに言えばであるが。
[Twitterとブログと新聞と雑誌と本と]
◎所で、それらについて、私はすでにこのブログで、「Twitterとブログと新聞と雑誌と本と」という題名で取り上げた。
[思いめぐらせ度・熟成度]
◎私は、それらを「思いめぐらせ度・熟成度」の点で違いを述べた。それの繰り返しともなるのだが、それらを情報を水に例えて見比べてみる。
[Twitter湧きいずる一筋の水]
◎「Twitter」は山の奥で湧く泉であろう。コンコンと湧き出ずる一筋の水。私は富士山へ行ったときのことを思い出す。富士山からの伏流水が至るところから地表に顔を出す。
[一筋の水の流れになった小川]
◎「ブログ」は、その泉からのちょろちょろ流れ出て一筋の水の流れになった小川であろうか。ブログは個人が日常から湧き出る思いを綴ったものが多い。
[新聞、テレビは川]
◎「新聞、テレビ」は、個人の思いを綴るブログとは違い、幅数メートルほどの川であろう。つまり、個人というよりも社会レベルでの情報が主流になってくる。
[川が合流してできた河]
◎「雑誌」ともなれば、何本かの川が合流してできた河という感じであろう。「新聞、テレビ」が日々の社会現象を提示するのに対して、あるテーマの元に情報を集める感じである。
[情報の蓄積を本の中に]
◎雑誌はまだ流れを感じるが、「本」は湖を思い浮かべてしまう。本は、時間の流れよりも、情報の蓄積を本の中に理論的構成の元に並べる。
[Twitterは立ち話]
◎次に、それらを話(会話・対話)というレベルで見てみる。「Twitter」は「立ち話」であろう。「あら、奥さん、どこへお出かけ」「ちょっと、デパートまで」。
[コーヒーを飲みながらの会話]
◎「ブログ」は喫茶店でのコーヒーを飲みながらの会話(conversation over coffee)。それは二人でも三人でも、十人ほどでの集団でもよいが、小一時間ほどの会話。
[新聞、テレビは講演]
◎「新聞、テレビ」は、講演であろうか。あるいは、演芸場での漫才、落語、奇術などでもよい。どちらかといえば、一対多の長時間(2〜4時間)の話術や芸を主とした内容。
[合宿しての討論会]
◎「雑誌」は、一日か二日、あるいは一週間ほどの合宿しての討論会、学習会ではないだろうか。自分の趣味を元にした情報の収集、交流。
[ゼミを思い浮かべる]
◎「本」は、前期後期に分けられた(情報レベルを含めて)ゼミを思い浮かべる。とはいえ、本のレベルはまことに幅広い。
[情報の統合度(深さ複雑さ)]
◎そこには、当然情報の深さというか複雑さというか、それらを含んだ統合度に違いがある。Twitter、ブログ、新聞/テレビ、雑誌、本という順で統合度(深さ複雑さ)が増してゆくだろう。
[情報の中を泳ぎ回っている]
◎私の毎日の生活を振り返ってみても、仕事、遊び、食事、などなどについて、さまざまな情報を必要としている。情報の中を泳ぎ回っている感じもしなくはないほどである。
[情報に浸る時間の長さ]
◎そのような情報量、ある情報に浸る時間の長さ、統合度(深さ複雑さ)に従って、Twitter、ブログ、新聞/テレビ、雑誌、本が使い分けられるようになりたいものである。
[旧来メディアは一方通行]
◎ただ違うのは、「違うのは」とは、本、雑誌、新聞/テレビ、ブログ、Twitterに関して言えば、「本、雑誌、新聞/テレビ」までは旧来のもので、一方通行になりがちであった。もちろん、投稿、電話、手紙/はがきなどで反応はかなりあったであろうが。
[双方向性]
◎しかし、ブログ、Twitterはかなり双方向性が生まれている。トラックバックやコメント欄を持つブログでもそこまで行かないが、特に、「Twitter」を私は「立ち話」と例えたが、それは双方向性が命(キモ)である。それがなければ「Twitter」とはいえない。
参考資料→「「Twitter」と「2ちゃんねる」、イザというとき役に立つのはどちら?」from" japan.internet.com Webテクノロジー"
[メディアの復活、活性化の最大事]
◎ブログ、Twitterの双方向性を取り上げたが、すべてのメディアで、その「双方向性」が求められているのではないか。逆から言えば、「双方向性」を確保することが、すべてのメディアで復活、活性化の最大事ではないか。
[双方向性を増す方向へ流れる]
◎時代の流れは、「双方向性」を増す方向へと流れている。自民党から民主党へと政権交代したのも、その「双方向性」を求める気持ちからでもある。
[国民の求めるものが何か]
自民党は国民の求めるものが何かを知らなさすぎた。ただただ、自民党は自らの党議員が求めるものを実現することに意を注いだ。それが国民に自民党への絶望をもたらした。
[相互作用のない一方通行はシステムにとって命取り]
◎「双方向性」(フィードバック)は民主主義にとって、民主主義の維持にとって、キモである。「双方向性」は相互作用をもたらす。相互作用のない一方通行は、あらゆるシステムにとって命取りである。